神頼みの職業選択

気づいたらプログラマーとして10年働いていた。 今はWebサイトをつくる仕事をしている。 これからどうやって生きていこうか。 一度振り返ってみることにした。

初めての就活

就活の際、どんな仕事をしようかなぁと悩んだ。 やりたいことなど特になかった。だから、これからの世の中で必要とされることをしようと思った。 何が必要とされるかさっぱりイメージがわかないから、図書館に行った。 最近のビジネス事情を知るため、図書館のビジネス誌エリアの本をあるだけ全て読んだ。

『PRESIDENT』、『週刊ダイヤモンド』、『日経ビジネス』、『週刊東洋経済』...

雑誌の保存期間は1年だったので、けっこうなボリュームがあった。 しかし、週刊のビジネス誌に書かれているのは、今なにが注目されているかで、将来なにが必要とされるのかは書かれていなかった。 多くの時間を費やして読んだが、心に残ったのはたった2つだけだった。 日本の人口はこれから減り続けること、そして、1つのことを極めるには10年くらいは必要であり10年間はすたれないような産業を選んだほうがいい、ということだった。

神頼み

週刊誌は未来を予想してくれない。10年、20年先の未来を予想することなど神様にしかできないことなんだろうか? わたしは神様を探した。

ピーター・フェルディナンド・ドラッカー。

どうやら彼が、最も未来を見通せるようだった。

いくつか彼の著書を読んだ。その中でも、 『ネクスト・ソサエティ――歴史が見たことのない未来がはじまる』 はまさに求めていたものだった。 この本の中には「テクノロジスト」という言葉が29箇所もでてくるのだけど、その中の1つにこう書かれている。

これからは、コンピュータ技師、ソフト設計者、臨床検査技師、製造技能技術者など膨大な数のテクノロジスト(技能技術者)が必要となる。

自分はたまたま情報工学科にいたから、世の中で必要とされることと自分ができることの輪が重なる 、ソフト設計者(プログラマー)になることにした。

10年後

たしかに、プログラマの需要は高まっているように思う。 自分のまわりでも社会人になってからプログラミングスクールに通う人が何人かいる。 ただし、そのほとんどがプログラマーにはならないが...

さらに、今年から小学校ではプログラミング教育が行われる。
「社会」や「家庭」の授業などを通してプログラムを学ぶこともあるらしい。
文部科学省が公開している『小学校プログラミング教育の手引』にはこう書かれている。

都道府県の特徴を組み合わせて47都道府県を見付けるプログラムの 活用を通して、その名称と位置を学習する
自動炊飯器に組み込まれているプログラムを考える活動を通して、炊 飯について学習する
P.33、P.34 https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/11/06/1403162_02_1.pdf

都道府県の特徴から名称と位置を学習するなら、桃鉄やったほうがいいと思うのは置いておいて、国が推し進めるくらいには今後もプログラミングは必要とされるのだろう。

これからどうしようか

人工知能(AI)の発展にともない、仕事のありようが大きく変わると言われている。 毎日のようにニュースで見かるし、仕事がなくなる、働かなくていい時代がくる、と迫ってくる。 だけど、人工知能についてはあまり考えないようにしていた。

中途半端に人工知能を学んだところで、修士、博士まで専門的に学んだ人には、とてもではないが歯が立たない。であれば、仕事に結びつかないであろうことに時間を費やすよりは、今自分ができるWebサイトをつくる技術を深掘りしていた方がいいだろうと思っていた。

プログラミングを学ぶのはとにかく時間がかかる。 試行錯誤しているといつのまにか夜になっている。 技術の進歩は早く、流れに置いて行かれぬよう、しがみついていかねばならぬ。 世の中の需要もある。 だから、勉強した。 そうして没頭することで、世の中がどうなるのか見て見ぬふりをした。

ところが、見ないふりをすればするほどに、不安はつのる。 没頭している気になりつつも、もし人工知能により自分の仕事がいつの間にかなくなっていたらどうしよう、と心のどこかにしこりが残っていた。 向き合うべき時がきたようだ。 あるいは、また神頼みでもしようか? 根拠はないのだけど、今回は神頼み、すなわち他人に正解を求めることは出来ないような気がしている。